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明日への指針
『 本 を 忘 れ ず 』
東松山市倫理法人会 深沢章男

松本医院
二才半頃だそうですが、私は脱腸になってしまいました。従弟が同じ脱腸で敢え無く亡くなっておりましたので、大変な病になってしまった。東松山のいい医者に見せれば助かるかもしれない…。
しかし払うお金をどうしよう…と泣く私を抱いて途方に暮れてしまいました。
そんな母を見かけた、畳やのおばさんが母を呼び止めて「兼ちゃん何しているの」と話しかけてきました。事情を話すと、「何を心配しているの、私が百円貸してあげるから早く医者に行きなさい…」
そのお金を持って朝から東松山へ行ったのです。しかし、もう手後れだとか、なんとか言ってどの医者も診てくれません。当時歩きで病院廻りですから、もう大変。夕方日が暮れるまで病院捜しをして、もう子供が死んでしまう、と気が狂わんばかりに必死にお願いしてまわったそうです。
日も暮れてしまい、もう帰ろうと諦めて駅の近くに来ると、「松本医院」という産婦人科の病院が目にはいりました。わらにもすがる思いでドアをたたきました。「こんな遅い時間に何だよ」と言う先生に、涙ながらに事情を話すと、「まあ、上がってみろ」と診察して、「何だこんな事か」ともみ込んで治してくれたのです。
母は、「社会に出たら、「松本医院」を訪ねて必ずお礼をするんですよ。命の恩人ですよ」と私に言い聞かせました。「松本医院」の先生は一円の治療代も取らなかったのです。
高校を出て、自衛隊に入リ何回か訪ねてみたのですが、どうしたのでしょうか、駅の近くの「松本医院」がどうしても見つかりません。もう少し早く訪れるべきだったと悔やまれてな
りません。
自 衛 隊
高等学校では、勉強しませんでしたので、もっと勉強しようと父に頼んで時間をもらい、自衛隊に入りました。入ってみると、エリートの集まる信務部、暗号などを扱う通信部隊。そこで人間の能力が人によっていかに違うか見せつけられました。
同じように学んでも、理解力などこんなに違うのかと先に昇格する同僚を隣で見て懸命に勉強しました。
この部隊でも、戦いの訓練を受けるのです。あるとき、手榴弾の実戦訓練がありました。こちらの壕から安全ピンを抜いた手榴弾を1、2、3で壕の向うに投げるのですが、一つが壕のこちら側の土手に落ちてコロコロと自分達のいる壕に落ちてきてしまいました。とっさに上官が体ごとその手榴弾の上に覆いかぶさり、爆死してしまいました。お陰で自分達隊員は助かったのですが、戦争とはこういうことかと非常に恐ろしく惨いものだと知りました。
( 深沢電気商会 代表取締役 )
作成日時:2009年2月25日 21:41
