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明日への指針
経営者の集いより
『人生二度なし』
会津若松倫理法人会 法人レクチャラー 横山時子 様
人一倍の負けずぎらい

美容師の学校を卒業して間もなく、技術も未熟でしたが、自分の美容院を開きました。人に使われるより自分でやりたいという意識が強かったと思います。人と接するのが好きで、おしゃべりもはずんで技術が未熟にも関わらず、沢山のお客様が来てくれました。
しかし、こんな事ではいけない。美容師になったからには、だれにも負けたくない、勉強してコンクールに出場して試してみようと決心しました。
技術レベルの差に愕然
東京の大会に出た時、レベルの差に愕然として足がすくみ、大変悔しい思いをしました。私は、お客さんをモデルとして連れて行きましたが、皆、プロのモデルさんでもう、比較になりませんでした。
とうとう日本一に
日本で一番大きな全日本美容選手権大会に出場するためには、県大会で優勝しなければなりません。カラーのコンクール、カットのコンクール、ヘアスタイルのコンクールと十年間費やしました。幸いにして一位が取れたときは、疲れがピークに達し風邪で38度の熱がありました。気力だけで戦いました。長い戦いの努力がついに実ったときには、夢ではないかと自分の頬をつねったものです。涙がとめどなくながれました。優勝したのは、県大会で審査員をした方で私の師匠でした
チャンスは努力の代償
十六年前、ワシントンホテルが出来た時、技術の優秀な美容師さんと言う事で、声が掛かりました。
チャンスといのは、努力している時、努力している者に与えられると思います。一生一度の晴れのお手伝いができるのは最高と思い出店致しました。また、ここからお嫁さんのメイクと着付のコンクールが始まりました。コンクールには大変の費用がかかります。何千万。ワシントンに入るのに何千万。あの頃は借金地獄でした。はじめは婚礼も少なく、従業員の給料も払えない時もありました。頑張って、頑張って、頑張り通しました。励ましてくれ、手を差し延べて下さった人たち、何十年と変わらず来て下さるお客様、貴女ならと無条件で多額の援助をしてくれた方、この恩は一生忘れません。
「地域社会に貢献する」
仕事も軌道に乗り、余裕が出てきた時、仕事を通して恩返しがしたいと思い、カットのボランティアに行く事にしました。月に2回、スタッフ3、4人で午前中30人程のカットをします。8年続いています。忙しい時、マネージャーが「もう充分に奉仕をしたのですから、やめませんか?」と言ってきた事がありました。ホームの老いた人たちが大変喜んでいる顔を見たら、それは絶対出来ない。今までこうして商売してこられたのは、世の中の人にどんなに助けられお世話になった事か。会社の経営理念にも「地域社会に貢献する」とあります、と説得しました。
両親と一緒に
私は、末っ子ですが、両親と一緒に生活する事情ができました。ホテルに出店して2年後です。家を建て娘を結婚させ、本当にてんてこ舞いでした。現在、美容の傍ら農業の両親からの土地を耕して、作物を作ることもやっています。今日お持ちした柿も自分で収穫したものです。はじめは、格好が悪くて、顔が見えないくらいにしてやっていましたが、土に触れていると、安心するというか、清々しい気分になってくるんです。今では、農作業の姿も板について、堂々としたものです。手も荒れ、指もゴツゴツしてきましたが、両親に少し近ずけたかなと思います。
有限会社トキコビューティーサービス代表取締役
文責 広報 大住
作成日時:2009年4月26日 16:05
