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委員会便り

後継者倫理塾 第1学期第3回を終えて

7期生  原田慎也      

■灰色の日々を過ごして

 

僕は『倫理法人会』と出会って5年くらい経ちますが、
学んでも何も実践していなかった事に気が付きました。
それに気が付かされたのは、妻と子供に家を出て行かれた時の事です。
僕の不倫が原因で、家族が崩壊しました。
その時から見える景色がすべて灰色に見えました。
頭の中が霞掛かったような状態が続きました。
僕がそんな状態でも、当然夜は明けて次の日になる。夜は明けても何も変わらない。
ただ時間だけが無情に過ぎて行くのを感じました。
毎日繰り返される仕事も、毎週行われるモーニングセミナーも、まるで集中していませんでした。
そして、なるべく暗い顔をしないようにしていました。

 

別居生活も一ヶ月が過ぎ、いよいよ離婚が信憑性を帯びてきた頃、
僕の父や母、親戚中が騒がしくなってきました。
心配してくれているのは解りましたが、その時の僕には煩わしく感じていました。

 

二ヶ月を過ぎた頃、僕は体調を壊してしまいました。
会社を早退して、誰も居ない自宅に帰ってきた時、はじめて声を上げて玄関で泣き崩れました。
いろいろな感情が混ざって涙が溢れて来ました。
寂しさ、辛さ、情けなさ、悲しさ、苦しさ、不甲斐なさ、申し訳なさ、悔しさ......。
自分が犯してしまった罪を悔いました。

 

いつになってもテンションは上がらず、ついに後継者倫理塾が始まってしまいました。
第一回目は都合により欠席してしまいました。
しかし、僕が所属する1班は二回目の塾の事前に集まって、一回目の塾の内容と講習の流れを僕に教えてくれました。
4班の関根さんからは第一回目の講習のレポートをいただきました。
僕の都合で欠席したのに、なんでこんなに世話をやいてくれるのだろう。なんでこんなに優しくしてくれるのだろう。
その時は感謝の気持ちと言うよりは、不思議な気持ちでした。

 

そして第ニ回目の塾が始まりました。
はじめに受けた印象は『息苦しい』でした。
それは、みんなやる気に満ち溢れているのに、僕は普通の心理状態よりも更に下の心理状態だったからだと思います。
ただ、足並みを乱して、みんなに迷惑は掛けないようにしようと思いました。
とりあえず二日間我慢して乗り越えるか的な、小手先で難を逃れる方法を考えていました。

 

 

■話すことで気持ちが楽に

 

昼食の時の事です。
突然塾長から『どうですか?』とだけの質問をされました。
僕は突然の質問で何も準備していなかったので、思わず『僕はこの中で一番の劣等生です。』と答えました。
すると塾長は『どうしてそう思うの?』と質問を重ねてこられました。
更に僕は『みんなとの温度差についていけません。』と答えました。
すると塾長は、特にコメントを言う訳でもなく軽くうなずきました。この時僕は、この人(塾長)には嘘や小手先の方便は通じないなと直感で理解しました。

 

一日目の講習を終え、塾生同士で飲みながら雑談をする時間がありました。
みんな楽しい話や前向きな話をしていました。
そんな場で僕は家庭が上手くいってなく、妻と子供と別居している事を告げました。
もう嘘を付きながら良い顔をする事に疲れていました。
この事実を告げる事で、その場に居た塾生みんなのリアクションを見るのが怖かったのを覚えています。
しかし、誰ひとり茶化す人も卑下する人も居ませんでした。こんな馬鹿な自分のを本当に親身になって聞いてくれました。
僕の肩に乗っかっていた重たい重たい憑き物のような何かが取れたような気がしました。

 

そして一日目が終わり、二日目が始まりました。
二日目は初日に比べ、だいぶ講義に集中していました。
二日目に【コミュニケーショントレーニング】という講義があり、そこでの題材が夫婦間で起こり得る問題に焦点をあてた講義でした。
家庭と仕事の選択を強いられた時の応対の仕方を、アドバンスコースの先輩方が解りやすく劇としてシミュレーションしてくれました。
塾生のみんなは楽しそうに笑っていましたが、僕はあまりにも自分達の家庭と重なってしまって、夢中で見てしまいました。

 

そして、ふと自分が妻に取っていた行動を振り返りました。
仕事が忙しい。疲れてる。日曜日くらい休ませてくれ...。
こんな事を僕は妻に平気で言ってました。
妻が家でどんな思いをしていたかなんて考えてあげられていなかったのです。妻の話を聞こうともしていなかったのです。
もし僕が不倫をしていなかったとしても、こんな旦那では愛想を尽かされるのも時間の問題だったと思いました。

 

二日目の最後に講習を受けての感想と次の講習までに何をするかの決意を発表する時間がありました。
講習の感想を述べたあと、そこで僕は全員の前で夫婦別居の事を公表しました。
そして次の講習までに、別居中の妻にあるったけの思いを綴った手紙を書き、それを渡しに行きますと約束しました。
昨晩、僕の話を聞いた人以外は初めてそこで事実を知ったはずです。
なのに発表のあと、みんなが「がんばれ」「必ず出来る」「応援してるぞ」というような言葉をたくさん掛けてくれました。
僕は嬉しくて涙が止まりませんでした。
そして、『必ず実践してみせる』と誓いました。

 

 

■自分が素直になった時

 

僕は講習から自宅に帰ってすぐに手紙を書きはじめました。
伝えたい言葉が溢れて来ました。僕の思いを綴った手紙はあっという間に用紙10枚ほどになりました。
ですが10枚書き終えたところで気付きました。
これでは今までと一緒なんだと...。

 

読み手の事を考えないで、自分の言いたい事だけ書いていたのでは、思いを押し売りしているようなものなのだと感じました。
10枚の手紙は全て捨てました。
もう一度、妻の事を思いやって書いてみようとしました。すると文章を構成する事が非常に難しくて全然筆が進みませんでした。
それでも僕は、解りやすく妻を思いやった手紙を書いてみたかった。一生懸命に書きました。
書けた手紙は用紙3枚でした。ですが10枚書いた時より何倍も時間がかかりました。

 

そしてこの手紙を妻の住んでいる横浜まで始発電車で届けに行きました。
結婚する前、何回も横浜まで電車で通った記憶がよみがえりました。
片道約2時間かけて通った道のりを思い出し、妻も2時間かけて越谷まで来てくれていた事を思い出しました。
あの時はこんなにも相手の為に行動出来たのに、なのに今は話すら聞いてあげられていなかった事にも気付かされました。
僕は本当に情けなくなりました。
どうして妻が居た時に気付いてあげられなかったのだろうと思いました。

 

それから何日かして妻からひとつのメールが届きました。
内容は11月15日に一度帰って来てくれるとの事でした。
僕の見ていた灰色の景色が少しずつ色付いていくのがはっきりと解りました。
本当に嬉しかったです。
誰も居ないのに一人で部屋で微笑みました。
それと同時に、『すべてはこれから』なのだと深く心に刻みました。

 

無事に15日には妻と子供が帰ってきてくれました。
現在もまだ少しぎくしゃくした関係が続いていますが僕は幸せです。
居てくれる事の有り難さを実感しています。
本当に深く誰かを思いやると、自然に行動が伴い、その思いは必ず届くのだと思います。
後継者倫理塾はこのような気付きを僕に教えてくれます。
倫理を山の頂に例えるなら、僕はまだ麓(ふもと)に立ったに過ぎないと思っています。
本当の物の見方。そこに隠された真理。
生意気な事は言えませんが、生きて行く事は本当に深い意味が有るような気がします。
これからの倫理塾を経て、僕がどう変われるか自分でも楽しみです。

 

塾長はじめ、アドバンスコースの皆さん、7期生の皆さん。
本当にありがとうございました。家族が帰って来ました。
残り8回の倫理塾も頑張って付いて行きますので、どうぞよろしくお願い申しあげます。

作成日時:2009年12月 8日 13:11

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